Synthetic Biology

私たちのテーマ、合成生物学についてご紹介します。

合成生物学

合成生物学と聞くと何を思い浮かべますか?合成生物学には未だ明確な定義がないのですが、何れにせよなんらかのレベルで「生物を合成する」学問です。

それは例えば人工的に遺伝子情報のセットである「ゲノム」を合成したり、人工的に「細胞」を合成したりする、ということです。

「えっ」と思われるかもしれません。そんなことができるのだろうか?と。結論から言うと、発展途上ではありますが、着実にできつつあります。

そのような合成生物学の目的は主に2つに分けることが可能です。一つは、生物の仕組みを理解しようという理学的なものです。もう一つは何か課題解決させようという工学的なものです。理学的な方を特に分類して「構成生物学」といいます。工学的な方は特に区別せず「合成生物学」といいます。

まだ抽象的かもしれません。では、これらについてより詳しく見ていきましょう。ここでは、理学的な合成生物学と工学的な合成生物学という2つの潮流を概説した上で、iGEM における合成生物学について見ていきます。

理学的な合成生物学

理学的な合成生物学は特に構成生物学と言われます。目的は、「生物を作って」「生物の仕組みを理解する」ことです。つまり、作ることができて初めて対象を理解できたと言える、と言う主義による生物学です。

従来の生物学とはどこが違うのでしょうか?従来の生物学は「トップダウン式」でした。すなわち、生物の教科書を見ればわかる通り、細胞一つを考えるときには細胞の要素(核や膜、その他細胞小器官)でまず分類し、その部品ごとに調べていきました。一方、構成生物学は「ボトムアップ式」です。生物の要素を作って、それを組み合わせ、試行錯誤し、どのようにして生物らしさが生まれるのか?を理解するのです。

具体的にはどのようなことが行われているのでしょうか?

例えば、細胞の膜を人工的に作り、細胞サイズの小胞(ジャイアントベシクル)を作る研究(豊田 et al., 2016)があります。これらの研究によって細胞膜への新しい理解がえられたり、人工細胞型センサーへの応用可能性が示唆されています。また、このような人工小胞に遺伝子発現システムを封入することでタンパク質を作らせる研究も行われています。

さらに、現在は人工的に DNA を合成することが可能です。この技術を活かし、生物として生存できる最小サイズのゲノムを人工的に作り出した研究(Gibson et al., 2010)もあります。この研究で、コンピュータ上でデザインされた人工ゲノムを導入された細菌は繰り返し分裂できています。(導入されたゲノムは人工ですが、細菌は非人工であることに注意しましょう。完全な人工細胞ではありません。)

ここに挙げたのは一例で、さまざまな角度から研究が進められています。なお、これまで完全に人の手でゼロから作られた自律的な人工細胞(すなわち膜もゲノムもタンパク質も全て人工で作られたもので組み立てられ、かつ安定して自律的に分裂できる人工細胞)はいまだ実現していませんが、着実に発展している分野です。

豊田 太郎, 風山 祐輝, 大崎 寿久, 竹内 昌治: "ジャイアントベシクルのダイナミクスと人工細胞型センサーへの展開"(2016) Gibson et al.,: "Creation of a Bacterial Cell Controlled by a Chemically Synthesized Genome"(2010)

工学的な合成生物学

工学的な合成生物学は、生物に有用な物質を作らせたり、有用な機能を持たせることで課題解決を行うことを目的にしています。

理学的な合成生物学では人工細胞を作ることが多いですが、工学的な合成生物学ではすでにある生物に合成生物学的手法で遺伝子編集を加えることで多様な機能を与えることが中心になってきます。iGEM も、このような工学的な意味での合成生物学を中心に扱っています。

具体的にどのようなことを行なっているのでしょうか?

例えば、生物はタンパク質合成工場とみなすことができます。一般に、タンパク質の化学合成は高コストです。しかし、生物(特に微生物)を使えば低コストで合成することが可能です。これは、生物が分裂することによって指数関数的に多くの量を生産できることに起因します。また、タンパク質は基本的に自然界に存在して生物が作るものですので、作れるものは無数にあります。例えば、動物愛護者向けに牛乳を微生物に作らせるベンチャー企業(米 Perfect Day)や耐久性にすぐれるが安定した生産が難しいクモの糸を大腸菌に作らせるプロジェクトなどがあります。

さらに、生物は一つの論理回路を有したデバイスとみなすことができます。生物は外部の環境に応答し、様々な反応(物質の放出、分解、発光など)を起こします。この仕組みを利用して、遺伝子をプログラミングすることでこの入力出力系を人為的にデザインします。例えば、環境中で有害物質の濃度が一定値以上になったら発光し周りにリポートする微生物や、それらの有害物質を取り込んで何か別の有用物質に合成する微生物をデザインすることが可能です。(実際に環境中に放出できるかという法的問題は一旦置いておきましょう)

数々のゲノムが解読されデータも揃い、DNA 合成コストも下がっている現代において、破壊的なイノベーションが合成生物学先導で起こる可能性は広がるばかりです。